飾らない場所

何者でもなくただ生きてるだけの、ここに居るだけの僕・私・俺

当然の批判って何だろ。

世の中、安易に片方の意見に流されてるな〜。

と感じる事がある。

 

誰かが一石を投じれば、その意見に強く賛同するものが現れ、それが大きくなれば、意見など無くても同調するものが現れる。

それは至極当然といえば当然の流れで、そうあるからこそ動かせるものがある。

 

がしかし、それはいい事だけではないなと感じる。

 

同調してれば何を言ってもいい。

数が多ければそれは正しくて、正義。

 

どこかそんな風に…ごく自然に、

そう思ってしまってる自分が少しはいる気がする。

 

こんな事を言い出したって仕方の無い事だけれど、

政治家に対して政治家が強く敵対している構図や、最近ではSNS等でぶつかり合ってる発言もよく目にする。

それが政治家であり、信念と意思がしっかりあって許せない所はとことんぶつかり合う姿勢は大事だなと思いつつも

 

"その政治家を選んだ国民が居ることもちゃんと理解してますか?"

 

と何処かで思ってしまう。

批判は大事なのかもしれないけれど

政治家を批判する事はその人を選んだ国民も一緒に批判してる。

だから批判された側が良い気がしない事も、味方につかない事もあって、

結局、政治家と支持者が一緒になって幼稚なくだらない言い争いばかりして

そこばかりが目について、見てるのも疲れてしまったり、興味も無くなってる部分があると感じる。

 

少し話がズレたかも知れないが

数や味方が多いと感じると

正しく感じて態度も大きくなりがちだけど

100%の正義は存在しないから、きっと錯覚なんだと思う。

 

政治家の話とかしてしまったけど

芸能人や著名人の批判でも、

学校のいじめでも、

警察官の態度でも、同じ事だと思う。